ホームこころネットワークカメのごとく

 

世の中の進歩はいわゆるドッグランの状況で、スピードの時代というよりも、50キロオーバーで一般道を走っているような印象です。通常であれば、免停で罰金7万円が付加されるところです。しかし、現実は特に罰則もなく、スピードを落とすような指導もなく、誰もがこのスピードに遅れまいとしている状況です。

坂本龍馬のことを時代を駆け抜けていった風雲児と称する向きがありますが、今の時代は、テクノロジーの急速な進歩で、時代を感じさせるような緩やかな文化や伝統のもつ「こころの空間」がまるごと平面的な額のなかに入れられたような気がします。

科学の発展が人間の手に負えない速さで進むのは、今にはじまったことではありません。核分裂の発見から核爆弾の製造、戦争での使用まで、わずか10年も経たずに行われています。私たちはきわめて短い期間に、昔のひとが100年かかっても体験できなかったことを体験できる機会にはめぐまれていますが、それが人生にどのような意味を持つのかは、それこそ死んだあとでないと分からないのかも知れません。

こころは、科学と違い細胞分裂するような速さで進化するものでもなく、歩みは遅々としたものがあります。突然変異的に無から有がうまれることもありませんし、御仏への道はあまりにも遠く、途中に看板も出ていない状況で、こつこつと進み続けねばなりません。

私たちは動物である限り寿命というものがあり、それから逃れることは絶対にできません。死をどのように解釈するかは、人によって違うと思いますが、死に対する恐怖感がまったくないというような人もいないと思います。日常の生活では、特に死を意識して過ごしているわけではありませんが、人の死や動物の死から教えられることもたくさんあります。

そのような時は、こころの空間を遊泳できるチャンスでもありますので、急がす、早急に結論を出そうとせずに、それこそカメのごとく、今まで見過ごしてきた内面を見つめなおしてみられたらいかがでしょうか。

 

 

 

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