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日本は法治国家であり、あらゆる行動が法の網のなかで整理整頓されています。独裁者の独断と偏見で裁かれない分だけましかも知れませんが、法の網も外面は裁けても内面までは裁くことはできません。この人間界のルールは、最低限の決まりを示したものであって、人がより幸福になれる道筋を示したものではありません。よく政治家や一部の経済人が言うような「法律の枠内で適正に対応している」というのは私は、最低限の決まり事しか守りませんよ、と宣言しているようなものです。
私たちは、授けられたこの人生を送るなかで、生を受けたときに御仏とある見えざる契約を取り交わした事を忘れてしまっていませんか。法律は、性悪説にたって初めて体系として成立するもであり、近代の法治主義は人を性悪であるとみなして作られたものである、といえます。
では御仏は、人間と人間界をどのようにお考えなのでしょうか。性悪でしょうか、性善でしょうか。おそらく、悪がなくなることもないし、善がなくなることもないとお考えではないでしょうか。人間界とは、そのようなこころのエリアなのだと。そうしますと、この世に生を受けた人間や動物とはどのような見えざる契約を結ばれたのでしょうか。
それは、六道輪廻のひとつに人間界があり、こころは消滅することなく永遠に流転をくりかえしますよということを忘れずにいなさいと、諭されたのではないかと思います。人間界に生を受けた瞬間に、私たちは、煩悩に翻弄され、漂流をし始めています。
不安になったとき、将来が見えなくなったときは、静かにこころして手を合わせ、自分の秘められたこころの奥に全神経を集中してみられたらいかがでしょうか。その時に感じられなくても、その行為を続けていけばいつか、何かの光を見ることができると思います。
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