ホームこころネットワーク1%の可能性があれば

 

通常は、3割か4割の勝算があればやってみようというのが一般的ですので、1%の可能性にかけるというのはかなりリスキーな判断といわれるかも知れません。99%は無理かもしれないということですから、冒険といえば冒険です。私たちは、頭の中で、そのようなことをあれこれ吟味して、進むか退くかを決めている訳です。

しかし、3割か4割の勝算があればといっても、それは自己の利益を考えての判断基準であり、相手の利益に立っての判断基準でない場合は、%で表せない危険因子が含まれているような気がします。例えば、○○の資格を取りたい。これが取れれば少なくとも生活に困窮することはないし、比較的労働時間も短くて済むから、自分の余暇も充実できるだろうと考えたとします。

取れる見込みは分からないが、他の人も取れているから何とかなるだろう。1%でも可能性があるのならそれにかけてみよう、と。これはタイトルの「1%の可能性があれば」の主旨とは、全く異質なものです。1%の可能性しかなく、残りの99%の不可能を可能にならしめるためには、何かが必要ですが、少なくても自分の生活の豊かさだけを追いかけている人に、何かの応援が入りますでしょうか。

答えはノーです。自分のために祈るような人を御仏が応援してくれることはありません。
逆に、これを進めれば、現在困っている人たちの日常やこころを少しでも開放することができるが、現時点では実現できる可能性は1%しかなくスタートを切るのに不安に思っておられる方は、是非御仏のこころを信じてスタートをきってみて下さい。

そのこころに賛同する人たちが応援団に入って、必ずや目標に向って進み始めるでしょう。自分だけの力でできないことでも、こころが集まる事によって、ついには成就してしまうものではないでしょうか。

 

 

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