|
日本は、共産主義社会とちがい、原則として私有財産が認められています。特別な例外をのぞき、強制的に国に没収されることはありません。自分のものは自分のもの、誰一人としてその所有権を合法的に侵害することはできないわけです。
人間には寿命があるわけですから、死後は配偶者や子供がその所有権を、必要であれば税金を払い合法的に受け継いでいくわけです。土地だったり、建物だったり、現金や有価証券などなどです。それに対しては、誰も文句をいうことはありません。
しかし、よくよく考えてみると、私有財産とは一体何ものなのでしょうか。「子孫に美田を残さず」という格言があります。ある意味、人間の煩悩のうちの所有欲を戒めた言葉だと思います。煩悩があるゆえに頑張ることができるのも事実ですが、煩悩があるゆえにこころがいつも開放されないのも事実でしょう。
私たちは、私有財産を求めながら、それが人生の終局目標ではないことを知っています。私有財産がふえることによる満足度は、より欲しがる煩悩に圧倒されて、いつも行き場を失ってしまう、そのような体験はありませんでしょうか。生活するための最低限の私有財産は当然必要ではありますが、それ以上のものは、法的には自分のものではありますが、こころとしては、一時的にお預かりしています、というようなスタンスに立てれば、私有財産の本質もみえてきますし、何よりも、何事にもとらわれない自由な空気が漂ってくるような気がします。
お預かりしているものだから、いずれはお返しする、誰にお返しするかは、まあ人それぞれかも知れませんが、適当な人にお返しする、それでいいんではないかと思います。
|