ホームこころネットワーク奉仕の心

 

公務員や政治家の不祥事が止まりません。民間の大手企業トップのモラルハザード低下もなかなか止まりません。他者よりも自分を最優先してかわいがる風潮にも歯止めがかかりません。いまや「奉仕のこころ」は死語になってしまったのでしょうか。

人の行動基準が、「自分にとって利益があるか」「自分の快感を満足させてくれるか」などなど、すべて初めに自分ありきで考えてしまうようになってしまいました。自分よりも相手のほうが、より利益があるとそれはおかしい、それはやってられない、となるのでしょう。自分が一番利益を受けなければ満足しないこころから「奉仕のこころ」など生まれてくるはずもありません。

奉仕とボランティアは意味合いが多少違います。日本語と英語の違いもありますが、その根幹をなす精神文化の違いにあります。奉仕のこころとは、自分の利益よりも相手の利益を優先させるところにあり、それはきわめて仏教的な考え方です。人間界はもともと自分優先の社会でありましたが、社会環境が相互扶助なしでは存続しえなかったときに、ある意味その場しのぎの方便として、奉仕の形態が生まれたといえるでしょう。

結果としてのその現象は、御仏のこころに叶うものでありましたが、社会環境の変化とともに、次第に姿を消していく結果となってしまいました。御仏は、人間界のこの様相をご覧になられて、さもあらん自然科学、社会科学はどんどん解明されていくのに、最も身近である人間科学が、一向に解明されないのはなぜか、ご自身の代わりに世の中の摂理を解き明かすべく人間もしくは宗教家はその役割を果たしていないのではないかと。

奉仕のこころは、御仏の全霊の根幹をなすものだと思います。極楽浄土と六道輪廻との違いは、まさにここにあるのであって、このことを肝に銘じて、私たち人間は、授かった時間をより有意義に使う必要があるのではないでしょうか。

 

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