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よく「表裏一体」などと言われることがあります。表があれば必ず裏があり、ものや現象のたとえ話に使われます。こころにも表の面と裏の面があるともいわれます。これは本質的な部分では何を指し示しているのでしょうか。表の裏の裏は、また表なのでしょうか。10円玉を手のひらでひっくり返せばそうですが、こころや現象もそうでしょうか。
表裏一体は、相反する言葉のくくりとしても使われますが、ある意味人間界の大いなる矛盾を表しているようにも思えます。善と悪が混在する人間界では、ピュアな善やピュアな悪はなく、どのような時でも常に交じり合ってしまうのではないでしょうか。御仏は、すべての善を内包されておられますが、煩悩から100%逃れきれない人間は、プラスとマイナスのようにいつも善と悪の狭間でしか生きられないのかも知れません。
一つの行動や考え方も、見方を変えれば、善とも受け取れますし、悪とも受け取れることがあります。この世には、善人もいなければ悪人もいない、あるのは善のこころと悪のこころだけだと言えないでしょうか。同じ人間が、ある瞬間は善のこころに支配され、ある時は悪のこころに支配される、このようなことが日常的におこなわれているのでしょう。
「裏にこそ真実がある」とは、誰かの言ったうがった言葉ですが、
御仏は裏も表も一体として看破されますから同じ行為でも、御仏をイメージしながらおこす場合が表で、そうでない場合が裏でしょうか。あらゆる事象をこのような観点から見ていくと、表と裏の違いがわかってくるように思います。
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